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3.11の道しるべ。

大きな被害をもたらした東北大震災から、
明日でちょうど1年です。

来年になると、あの日から2年。
再来年には、あの日から3年。
震災から10年経ったら、あの日から10年ということで、
メディアもまた大きく扱うことでしょう。

そして、そのたびに思い出すのが、
震災の映像とともに、それぞれのあの日のことでしょう。
実際に被害に遭われた方だけではなく、
会社で仕事をしていて、
パソコンがデスクから落ちそうになるのを押さえていた人。
家で家事をしていて、
倒れかかるタンスから慌てて逃げた人。
その瞬間よりも、
その日のこととしての記憶の方が強い人もいるでしょう。
長い時間をかけて自宅まで歩いて帰った人。
身動きがとれずに会社に泊まった人。

ぼくはあの日、北海道の北見市にいました。
(株)カプラーの中根由佳子社長と、
北見市の猪野間優子さんのご尽力のもと、
雪の中の公民館で、占いの鑑定会を3日連続で開いていました。

2011.3.11.の羽田空港
2011年3月11日朝の羽田空港。富士山がきれに見えるほどの快晴でした。

朝、羽田を経って北見市に入り、
その初日のまさに鑑定中に襲われました。
北見市は震度4でしたが、大きな地震だとは思いました。
でも、鑑定の予約がぎっしり詰まっていたので、
テレビで確認することもなく鑑定を続けていたのです。
そして、夕方5時すぎになって鑑定を終えてから、
守衛所のテレビに映し出されている映像を見て驚きました。

震災から二日後、
カップめんなどの食料と電池をバッグに詰め込み、
帰りの飛行機に乗りましたが、
その飛行航路がまさに三陸海岸から仙台、福島浜通りの上空でした。
港があって、町があって・・・と思われるところが
ことごとく茶褐色に覆われていました。

これがぼくの3.11の思い出ですが、
生涯ぼくの記憶に残るでしょう。
そして、心の風景も一緒に残るでしょう。
あのときはどんな人間関係で、どんなことに悩んでいて、
どんな夢を抱いて、何と闘っていたのか。

ピアソン記念館
北見市の文化財・ピアソン記念館。鑑定の合間に訪れました。

あのときから自分は成長したのか?
あのときの情熱は失ってはいないか?

3.11はぼくの人生の新たな道しるべとなりました。

みなさんはどんな思いで明日を迎えるのでしょうか。



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